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ながさき大くんち展で展示された今籠町の傘鉾。町のシンボルの大鷲(写真:運営者)

清明会2026年の踊町

今籠町 傘鉾・本踊(ほんおどり)

令和8年(2026年)の踊町を見る

奉納
2016年・2026年
次回
2033年
@imakagomachi_kunchi(今籠町(公式)の Instagram・別ウィンドウで開く)

本踊の紹介

今籠町は、崇福寺の山門から鍛冶屋町にかけての「崇福寺通り」一帯にあった町で、江戸時代に竹籠の職人が開いたと言われます。
奉納の辞退が続いた時期を経て、2009年に57年ぶりに踊町へ復活し、2026年は復帰後3回目の奉納です。
演目は、完全な新作の長唄「今籠町波璃大鷲(いまかごまち はれの おおとり)」。
傘鉾に飾られた町のシンボル「大鷲」と、初春から秋へ移る長崎の景色を、花柳流の踊りで表します。
2026年は、くんちの幕開けを告げる一番町を務めます。

演し物
本踊(傘鉾・本踊)
2026年の演目
今籠町波璃大鷲(新作の長唄)
作詞・作曲
松永鐡文𠮷(地方)
振付・指導
花柳寿々初(花柳流)
踊子
大人6人・子供踊り10人
傘鉾のシンボル
大鷲
踊町への復活
2009年(57年ぶり)

ここに注目

  • 2026年は完全新作の長唄「今籠町波璃大鷲」
  • 傘鉾の「大鷲」と踊りの中身がつながる
  • 大人の踊子6人と子供踊り10人の構成
  • 2009年に57年ぶりに復活。2026年は復帰後3回目
  • 2026年はくんちの幕開けを告げる一番町

町の歴史と町名の由来

今籠町は、江戸時代に竹籠を作る職人が開いたと言われる町です。
場所は崇福寺の山門から鍛冶屋町までの、通称「崇福寺通り」のあたりにあたります。

くんちでは江戸時代から本踊を奉納してきましたが、一時は辞退が続き、伝統が途絶えることも心配されました。
2009年に57年ぶりに踊町へ復活し、復活に奔走した人たちの団結が今の奉納を支えています。

演し物のあらすじ・構成

2026年に奉納するのは、完全オリジナルの新作長唄「今籠町波璃大鷲」です。
作詞・作曲は地方(じかた)の松永鐡文𠮷さん、振付と指導は花柳流の花柳寿々初さんで、半世紀以上踊りに携わってきた花柳さんが今籠町を教えるのは今回が初めてです。
初春から秋へ移ろう長崎の四季の情景を踊りでつづります。

歌い出しの「大きな鳥」は、傘鉾に飾られた町のシンボル「大鷲」のこと。
町の背後にそびえる風頭山を、釈迦が法華経を説いたインドの霊鷲山に見立て、大鷲がその岩の上から目の前の長崎港へ飛び立とうとする姿を表したと言われます。

見どころ

踊子は大人6人で、うち4人が町にゆかりのある人。
町内ゆかりの子どもたち10人も「子供踊り」で加わり、子どもも大人も全員が主役の構成です。
子どもたちは大鷲が大きく羽ばたく様子を、優雅な振りで表します。
大人の踊子は月に数回、自分たちだけで集まって細かな振りや意見を合わせ、本番まで歌詞の意味をかみしめながら稽古を続けてきました。

傘鉾の大鷲と踊りの中身が一つにつながっているのが、新作ならではの見どころです。

これまでの奉納(年ごとの話題)

2009年:57年ぶりに踊町へ復活し、本踊を奉納。

2016年:復帰後2回目。

2026年:復帰後3回目。
奉納を未来につなぐための新曲を作り、8月1日に踊子たちが初めて諏訪神社の舞台で稽古しました。
少子高齢化や物価・人件費の上昇で町の負担が年々重くなっているため、町の外にも仲間を増やそうとクラウドファンディングにも挑戦しています。
庭見世では、衣装や傘鉾を鍛冶屋町の浜勝 長崎総本店や崇福寺に展示しました。
2026年の奉納順は、くんちの幕開けを告げる一番町です。

今籠町の写真

今籠町の奉納の様子

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  • 娘から母へつなぐバトン 完全新作の「本踊」で大鷲のごとく諏訪の舞台から羽ばたく今籠町【シリーズ 長崎くんち 諏訪の舞台へ⑤】

    NBC長崎放送(YouTube)

  • 長崎くんち踊町紹介⑤今籠町「本踊」未来につなぐ新曲 若い世代とともに

    NCC長崎文化放送(YouTube)

  • 長崎くんちの幕開けを告げる一番町の舞 今籠町の本踊【長崎くんち2026】

    KTNテレビ長崎(YouTube)

今籠町の Instagram

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