本文へスキップ
写真:©Yokoo(許可を得て使用)

八尋会

籠町 傘鉾・龍踊(じゃおどり)

奉納
2019年
奉納予定
2029年
@kagomachi.zyaodori.hozonkai(籠町龍踊保存会の Instagram・別ウィンドウで開く)

龍踊の紹介

中国との貿易に使う竹籠を作る職人の町だったことが町名の由来です。
隣の唐人屋敷で中国の人たちが踊っていた龍の踊りを、本籠町の人々が習い、工夫を重ねてくんちに奉納したのが長崎の龍踊の始まりとされ、籠町は「龍踊の宗家」と呼ばれます。
龍は全長約20メートル、鱗約8,000枚。
登場する龍は1頭だけで、玉を追う「玉追い」と、とぐろを巻く「ずぐら」という江戸時代からの基本形を守り続けています。
2019年には約半世紀ぶりに龍を新しくしました。

演し物
龍踊
龍の長さ
約20メートル
鱗
大小約8,000枚
龍の重さ
約150キロ
演じ手
玉使い1人・龍衆10人(交代要員あり)
保存会
約120人(くんち時は総勢280人以上)
文化財
長崎県指定無形民俗文化財(昭和39年3月16日)
稽古場
大徳寺(梅ケ崎神社境内)
次の奉納
2029年

ここに注目

  • くんちの龍踊の宗家
  • 全長約20メートル・鱗約8,000枚の龍
  • 「玉追い」と「ずぐら」の基本形を守る
  • 風・雷・雨を表す唐楽拍子
  • 2019年に約半世紀ぶりに龍を新調

町の歴史と町名の由来

籠町(かつての本籠町)は、中国との貿易に使う竹籠を作る職人が住んだ町です。
すぐ隣には、中国の人々が暮らした唐人屋敷がありました。

唐人屋敷では、五穀豊穣を願う雨乞いの神事として龍の踊りが行われていました。
交易を通じてつながりの深かった本籠町の人々がこれを学び、創意を加えて諏訪神社に奉納したのが、くんちの龍踊の始まりです。
初奉納は享保年間(1716〜36年)とも寛政年間(1789〜1801年)ともいわれます。
今は筑後町・諏訪町・五嶋町も龍踊を出しますが、最初の町は籠町です。

演し物のあらすじ・構成

龍は全長約20メートル、大小の鱗は約8,000枚、重さは約150キロです。
月に見立てた玉(宝珠)を持つ玉使いと、龍頭から尾までを受け持つ10人の龍衆が、生きているかのように龍を操ります。

音楽は唐楽拍子です。
大銅鑼は風、大太鼓は雷、パラパラと鳴る半鼓は雨の音を表し、大・中・小の蓮葉鉦が風を強め、長いラッパが龍の鳴き声を表します。
保存会は役員・婦人部・龍衆・唐楽拍子を合わせて約120人。
くんちには女性約160人も衣装や裏方で加わり、総勢280人を超えます。

見どころ

籠町の龍踊は、龍が1頭で、踊りは勢いよく玉を追う「玉追い」と、とぐろを巻いて身を潜め、体の中に隠れた玉を探す「ずぐら」の2種類だけ。
江戸時代のシンプルな形を崩さないことに誇りを持ち、「変えないことのほうが難しい」と、龍の動きそのものを磨き続けています。

龍衆は黒子に徹し、見せるのはあくまで龍。
龍頭の担い手が替わると龍の高さやうねりの癖も変わるので、交代のたびに動きを見比べるのも楽しみ方の一つです。

これまでの奉納(年ごとの話題)

昭和39年(1964年)3月16日、籠町龍踊は長崎県の無形民俗文化財に指定されました。
大太鼓には「文政八年」(1825年)の銘があり、長い歴史を伝えています。
戦後は昭和24年(1949年)に、踊町以外の町が加わる「特別参加」の最初の年として本籠町の蛇踊りが奉納されました。
2003年にも特別参加しています。

2019年は、約半世紀ぶりに龍が新しくなった年です。
龍頭以外は龍衆や婦人会が7年をかけて手作りし、令和最初のくんちで新しい龍が舞いました。
くんちのない年も、春の「ミニくんち」や、8月に稽古場の大徳寺で開く「どらふぇす」で龍踊を伝えています。
次の奉納は2029年の予定です。

籠町の写真

籠町の奉納の様子

YouTube の動画を、YouTube の埋め込みの機能で表示しています。

  • 【長崎くんち踊町2019紹介】籠町 龍踊【NCCスーパーJチャンネル長崎】

    NCC長崎文化放送(YouTube)

  • 平成24年長崎くんち踊町紹介⑤ 籠町 龍踊 (平成17年の映像)

    NBC長崎放送(YouTube)

籠町の Instagram

Instagram の投稿を、Instagram の埋め込みの機能で表示しています(引用元は各投稿に表示)。