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写真:©Yokoo(許可を得て使用)

八尋会

今博多町 傘鉾・本踊(ほんおどり)

奉納
2019年
奉納予定
2029年

本踊の紹介

博多から移り住んだ商人がひらいた町で、のちにできた新しい博多町なので「今博多町」と呼ばれます。
寛永11年(1634年)、この町に住んでいた遊女の高尾と音羽が諏訪神社に小舞を納めたことが、長崎くんちの始まりとされます。
その原点を大切に、今博多町は本踊を奉納し続けてきました。
2019年は「鶴の港」と呼ばれた長崎港にちなむ長唄「今日爰祭祝鶴舞」で、白い衣装の6人が鶴になって舞いました。
衣装や化粧は京都から専門の人を呼んで整え、町の人は裏方に回って奉納を支えます。

演し物
本踊
くんちの始まり
寛永11年(1634年)、高尾・音羽の小舞奉納
2019年の演目
長唄「今日爰祭祝鶴舞」
振付
花柳寿々初 師匠
踊り手
6人(2019年)
次の奉納
2029年

ここに注目

  • くんちの始まり(1634年)とされる町
  • 港から舞い降りる6羽の鶴を表した本踊(2019年)
  • 純白の長絹をひるがえす鶴の所作
  • 鶴の文様を織り出した傘鉾の垂れ

町の歴史と町名の由来

博多の商人が長崎に移ってつくった町が「博多町」です。
のちに新しく町が造られると、もとの町は「本博多町」、新しい町は「今博多町」と呼び分けられました。

丸山に遊郭が移る前、このあたりには花街があり、芸事にかかわる女性が多く暮らしていました。
寛永11年(1634年)、町の遊女・高尾と音羽が諏訪神社の神前で小舞を奉納します。
これが長崎くんちの始まりとされ、今博多町は「くんちのふるさと」ともいえる町です。

演し物のあらすじ・構成

演し物は本踊です。
くんちの演し物は時代とともに船や龍などへ広がっていきましたが、今博多町は始まりの形である踊りの奉納を守ってきました。

2019年の演目は長唄「今日爰祭祝鶴舞(きょうここにまつりをいわうつるのまい)」。
長崎港は、その形から昔「鶴の港」と呼ばれていました。
秋の大祭を祝うため、港から諏訪神社へ6羽の鶴が舞い降りる、という筋立てです。
振付は花柳寿々初師匠。
踊り手は師匠のお弟子さんを中心にした6人で、本踊の合間には町にゆかりのある小さな子どもたちの踊りも入ります。

見どころ

純白の長絹(ちょうけん)を鶴の羽に見立て、袖をひるがえしながら体を大きく反らす所作が見どころです。
師匠は「唄や囃子に合わせて踊るだけでなく、自分が鶴になりきること」を求めたといいます。

着付け・化粧・かつらは京都から専門の人を呼んで整えます。
町の人たちは裏方に回り、表舞台はプロの手にゆだねるのが本踊の町のやり方です。

傘鉾

傘鉾のいちばん上の飾り(だし)は、町名を記した金の御幣と玉垣、三社紋を付けた火焔太鼓に榊を添えたものです。
輪はしめ縄で、垂れは塩瀬羽二重に亀甲形と鶴の文様、三社紋を織り出しています。
鶴は、本踊の演目とも重なるモチーフです。

これまでの奉納

昭和9年(1934年)の記録にも今博多町の本踊が見えます。
戦時中の昭和16年(1941年)は、踊りの代わりにシャギリで奉納しました。

「今日爰祭祝鶴舞」は2012年にも奉納されています。
2019年は令和最初のくんちで、10月7日、一番町の今博多町が奉納の口火を切りました。
次の奉納は2029年の予定です。

今博多町の写真

今博多町の奉納の様子

YouTube の動画を、YouTube の埋め込みの機能で表示しています。

  • 【長崎くんち2019踊町紹介】今博多町 本踊【NCCスーパーJチャンネル長崎】

    NCC長崎文化放送(YouTube)

  • 平成24年長崎くんち踊町紹介① 今博多町 本踊 (平成17年の映像)

    NBC長崎放送(YouTube)