本文へスキップ
ながさき大くんち展で展示された玉園町の獅子(写真:運営者)

八尋会

玉園町 傘鉾・獅子踊(ししおどり)

奉納
2019年
奉納予定
2029年
@tamazono2019(吉無田獅子舞保存会(玉園町の獅子踊)の Instagram・別ウィンドウで開く)

獅子踊の紹介

昭和38年(1963年)に旧上筑後町・東上町と下筑後町の一部が合わさってできた町で、諏訪神社のある玉園山のふもとにあることが町名の由来です。
昭和58年から、長与町吉無田郷に伝わる獅子踊を、地元の吉無田獅子舞保存会の力を借りて奉納しています。
二人で一頭を演じる獅子7頭と子獅子2頭が、色とりどりの毛を振り乱して跳ね回り、「暴れ獅子」と呼ばれるほどの迫力です。
肩車で立ち上がって牡丹の蜜を吸う「花しぶり」が、いちばんの見せ場です。

演し物
獅子踊
町の成立
昭和38年(1963年)の合併
演じ手
長与町 吉無田獅子舞保存会
初奉納(獅子踊)
昭和58年(1983年)
獅子の数
7頭+子獅子2頭(平成17年から)
保存会の人数
79人(2019年)
次の奉納
2029年

ここに注目

  • 獅子7頭と子獅子2頭、計9頭の群舞
  • 肩車で立ち上がり牡丹の蜜を吸う「花しぶり」
  • 「モッテコイ」のたびに獅子が増える構成
  • 前日と後日で掛け替える傘鉾の垂れ

町の歴史と町名の由来

玉園町は、昭和38年(1963年)に旧上筑後町・東上町と、下筑後町の一部が合併して生まれた町です。
諏訪神社が鎮座する玉園山のふもとにあることから、この名が付きました。

獅子との縁は古く、江戸時代には上筑後町・下筑後町が獅子を奉納していました。
明治には本踊に移り、その後は上筑後町が長与の獅子踊、下筑後町(今の筑後町)が小ヶ倉の獅子踊を出していた時期もあります。

演し物のあらすじ・構成

演じるのは、西彼杵郡長与町の吉無田獅子舞保存会です。
吉無田郷の氏神、麻利支天王神社の祭礼で旧暦10月13日に奉納されてきた地元の獅子舞で、くんちでは玉園町の演し物として披露されます。
2019年の保存会は子どもから大人まで79人でした。

昭和58年の初奉納では獅子は2頭でしたが、その後4頭、5頭、7頭と増え、平成17年(2005年)からは子獅子2頭が加わって計9頭になりました。
前半は雄雌の夫婦獅子が体をかいたり、地面に背中をこすりつけたりする、動物らしいおどけた動きで客席を和ませます。
後半は一転して激しい踊りになり、「モッテコイ」の声がかかるたびに獅子の数が増えていきます。

見どころ・大技

いちばんの見せ場は「花しぶり」です。
2人1組の獅子が肩車で立ち上がり、牡丹の花の蜜を吸って、体を大きくのけ反らせて喜びます。
「駒あがり」と呼ばれる技もあります。
激しさゆえにけがと隣り合わせの演技で、「暴れ獅子」の異名はここから来ています。

獅子の毛は栃木県産の麻糸を仕入れて自分たちで編み込み、鈴は富山の鋳物屋に特注したものです。
獅子は悪魔払いや五穀豊穣、家内安全を守るといわれます。

傘鉾

傘鉾の飾りは、玉垣に榊を立て、朱塗りの八足台に冠と鈴を置き、中啓(扇)を添えたものです。
輪はしめ縄。
垂れは塩瀬羽二重で、前日は「旭に雲の曙」、後日は「秋の七草」と、日によって掛け替えます。

これまでの奉納

昭和58年に初めて吉無田の獅子踊を奉納してから、回を重ねるごとに獅子の数と技を増やしてきました。
2019年は6回目の奉納で、獅子方や裏方の世代交代も進み、新しい試みにも挑みました。

くんちのない年も、保存会は長与町の祭りや催しで踊りを披露しています。
次の奉納は2029年の予定です。

玉園町の写真

玉園町の奉納の様子

YouTube の動画を、YouTube の埋め込みの機能で表示しています。

  • 【長崎くんち2019踊町紹介】玉園町 獅子踊【NCCスーパーJチャンネル長崎】

    NCC長崎文化放送(YouTube)

  • 平成24年長崎くんち踊町紹介③ 玉園町 獅子踊 (平成17年の映像)

    NBC長崎放送(YouTube)