本文へスキップ
ながさき大くんち展で展示された桶屋町の傘鉾。からくりの白い象(写真:運営者)

神清会

桶屋町 傘鉾・本踊(ほんおどり)

奉納
2013年・2023年
奉納予定
2030年

本踊の紹介

桶職人が多く住んだことから名が付いた町で、くんちでは代々、傘鉾と本踊を奉納してきました。
傘鉾は、時計の針が回ると異国の人形が鐘を打ち、白い象が鼻を巻き上げるからくり仕掛け。
安永元年(1772年)の作と伝わり、十二支を縫い取った垂れとともに長崎市の文化財です。
2023年は清祓の順で最初の一番町を務め、神官と巫女の姿で踊り場を清めてから、早変わりで華やかな一座の踊りへと移りました。
子どもたちが白い象を連れて踊る子ども踊りも、この町ならではです。

傘鉾の作
安永元年(1772年)と伝わる
文化財
桶屋町傘鉾飾及び十二支刺繍(長崎市指定有形文化財・1974年指定)
2023年の演目
長唄「諏訪祭紅葉錦絵」
2023年の踊り手
藤間流の6人と、子ども踊りの9人
次の奉納
2030年(令和12年)

ここに注目

  • 一番町として踊り場を清める、神官と巫女の場面
  • 清めから華やかな一座の踊りへの早変わり
  • 白い象を連れて登場する子ども踊り
  • 時計・鐘を打つ紅毛人・鼻を巻き上げる象のからくり傘鉾

町の歴史と町名の由来

町の名は、桶をつくる職人が集まって住んでいたことに由来します。
中島川の上流側、眼鏡橋から少し歩いた所にあり、町の中には浄土真宗の光永寺が大きな構えを見せています。

くんちとの関わりは古く、江戸時代の桶屋町の乙名(町役人)が残した日記には、文化9年(1812年)や天保4年(1833年)に、町内の家に傘鉾の費用をまかなう「一手持ち」を頼んだことが記されています。

演し物のあらすじ・構成

本踊は日本舞踊の奉納です。
2023年の演目は長唄「諏訪祭紅葉錦絵(すわまつり もみじのにしきえ)」で、振付と指導は藤間金彌師匠。
藤間流の踊り手6人が、若衆・踊女・踊子の3つの役に分かれて舞いました。

幕開けは、白い装束の神官と巫女。
一番町として踊り場を清め、この年のくんちが無事に終わるよう祈る場面です。
幕が落ちると衣装が一瞬で替わり、後半は祭りを祝う一座のにぎやかな踊りになります。

桶屋町に欠かせないのが子ども踊りです。
2023年は4歳から小学5年生までの9人が、町のしるしである白い象を連れて登場しました。
江戸時代に長崎へ象が来たことにちなむ趣向です。

見どころ

いちばんの見せ場は、清めの場面から一座の踊りへ切り替わる早変わりです。
厳かな白から、紅葉の季節らしい色鮮やかな衣装へ、踊り場の空気ががらりと変わります。

大人の踊り手の息の合った振りと、子どもたちの愛らしい踊りの取り合わせも、本踊の町ならではの楽しみです。

傘鉾

朱塗りの台に白い象が乗り、その背には金色の異国風の宮殿があります。
宮殿の中では青銅の紅毛人(オランダ人)が椅子に座り、象の両わきには時計。
時計の針が回るたびに人形が鐘を打ち、象が鼻を巻き上げます。
オランダから来た時計をもとにしながら、象の鼻を動かすのは長崎の人の工夫だろうと、長崎市は説明しています。
からくり仕掛けの傘鉾は、踊町の中でも桶屋町と鍛冶屋町の2町だけとされます。

垂れは、時計の十二支に合わせた長崎刺繍。
安永元年(1772年)の年号が入った、現存する中でも古い刺繍の垂れです。
今は本番には使わず、10月3日の庭見せでだけ公開されます。
飾りと十二支刺繍は、昭和49年(1974年)に長崎市の有形文化財に指定されました。

これまでの奉納(年ごとの話題)

2023年は、新型コロナの影響で3年延びたあと、4年ぶりに奉納踊が行われた年でした。
桶屋町はその初日、諏訪神社で最初に踊る一番町を務めました。
延期のあいだに子ども踊りの年齢を過ぎ、大人の踊り手として出演がかなった人もいました。

2日目の8日は雨で奉納踊が9日に延びましたが、桶屋町はこの日も浜町アーケードを中心に庭先回りを行いました。
次の奉納は2030年(令和12年)の予定です。

桶屋町の写真

桶屋町の奉納の様子

YouTube の動画を、YouTube の埋め込みの機能で表示しています。

  • 一番町として “場を清める” 桶屋町「本踊」~復活!長崎くんち奉納踊 #4

    NBC長崎放送(YouTube)

  • 【KTN】笑顔と涙の3日間 長崎くんち・桶屋町に密着

    KTNテレビ長崎(YouTube)

  • 平成25年長崎くんち踊町紹介① 桶屋町 本踊 (平成18年の映像)

    NBC長崎放送(YouTube)