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写真:©Yokoo(許可を得て使用)

神清会

万屋町 傘鉾・鯨の潮吹き(くじらのしおふき)

奉納
2013年・2023年
奉納予定
2030年

鯨の潮吹きの紹介

江戸時代の古式捕鯨を描いた曳物です。
安永7年(1778年)、町の宿に泊まっていた唐津・呼子の鯨組の頭に勧められて始まったと伝わり、鯨を出す踊町はほかにありません。
船頭船5隻と囃子を乗せた納屋に続いて、重さ約2トンのセミクジラが登場。
18人の根曳が「ヨッシリ ヨイサ」の声で曳き回し、腹のポンプで5メートル以上も潮を吹き上げます。
3日目には鯨に網がかかり、冬の鯨捕りの場面になります。
傘鉾の垂れは長崎刺繍の「魚尽し」です。

初奉納
安永7年(1778年)
鯨
セミクジラ・重さ約2トン
根曳
18人
船頭船
5隻
潮の高さ
5メートル以上
文化財
万屋町傘鉾垂一式(長崎市指定有形文化財・2003年指定)
保持団体
万屋通り町会

ここに注目

  • 根曳の「ヨッシリ ヨイサ」の掛け声
  • 5メートル以上吹き上がる潮
  • 声変わり前の大船頭が歌う祝い唄
  • 後日だけの網・雪・つらら
  • 長崎刺繍の傘鉾垂れ「魚尽し」

町の歴史と町名の由来

中島川の下流にあって船宿が多く、いろいろな商いの店が集まったことが町名の由来とされます。
川向こうに魚市場ができてからは魚問屋が並び、鯨は今も町のしるしです。

鯨曳きの始まりは安永7年(1778年)。
町内の宿「呼子屋」に滞在していた肥前唐津・呼子浦の鯨組頭、中尾甚六と羽差(鯨に銛を打つ役)の勘助が勧め、指導したと伝わります。
当時から評判の出し物で、シーボルトの『日本』の挿絵にも描かれました。

演し物のあらすじ・構成

まず、鯨を仕留めて運ぶ船頭船(持双船・羽差船など)5隻と、囃子方を乗せた納屋(締太鼓2・鉦3・大太鼓1)が入り、最後に鯨が登場します。
親爺船に乗る大船頭は声変わり前の男の子が務め、甲高い声で祝い唄を歌い上げます。

唄囃子で根曳衆が勇み唄を歌い、速囃子に変わると、鯨は潮を吹きながら踊り場を回ります。
鯨は竹の骨組みに黒い繻子を張ったもので、奉納のたびに作り直されます。

見どころ・大技・掛け声

鯨とつながっているのは綱だけ。
18人の根曳が「ヨッシリ ヨイサ」の掛け声に合わせ、押す力と引く力をそろえて重さ約2トンの鯨を一か所で回します。
尾のあいだに立つ根曳が、進む向きを細かく調整します。

最大の見せ場は潮吹きです。
鯨の腹にはタンクと「竜吐水」と呼ばれる2本のポンプがあり、中に入った2人が外の見えないまま息を合わせ、5メートル以上の潮を吹き上げます。

3日目の後日には鯨に網がかかり、納屋の屋根には雪、ひさしにはつららが下がって、冬の鯨捕りの場面になります。

傘鉾

町に魚問屋があったことにちなみ、飾りは樽に鰹節を組んだもの、垂れは長崎刺繍の「魚尽し」です。
16種29匹の魚が、綿を含ませた立体的な刺繍で縫い取られています。

江戸時代の垂れは、文政10年(1827年)の縫屋幸助(下絵は原南嶺斎)の作と、弘化5年(1848年)の塩屋熊吉の作の2種類があり、平成15年(2003年)に長崎市の有形文化財に指定されました。
古い刺繍を守るため、町は長崎刺繍の職人・嘉勢照太さんに新調を頼み、10年がかりの新しい垂れが2013年に披露されました。

これまでの奉納(年ごとの話題)

2013年は、新しく作った「魚尽し」の垂れが初めてお目見えした年です。

2023年は10年ぶりの奉納で、小学5年生が大船頭の大役を務めました。
8日は雨で奉納踊が9日に延び、万屋町はこの日の庭先回りを取りやめました。
次の奉納は2030年(令和12年)の予定です。

万屋町の奉納の様子

YouTube の動画を、YouTube の埋め込みの機能で表示しています。

  • 唯一無二の鯨捕り物語 万屋町「鯨の潮吹き」~復活!長崎くんち奉納踊 #1

    NBC長崎放送(YouTube)

  • 【KTN】万屋町の鯨の潮吹き【長崎くんち2023~復活をつなぐ伝統と情熱~】

    KTNテレビ長崎(YouTube)

  • 平成25年長崎くんち踊町紹介⑥ 万屋町 鯨の潮吹き (平成18年の映像)

    NBC長崎放送(YouTube)