本文へスキップ
ながさき大くんち展で展示された丸山町の傘鉾(写真:運営者)

神清会

丸山町 傘鉾・本踊(ほんおどり)

奉納
2013年・2023年
奉納予定
2030年

本踊の紹介

江戸の吉原、京の島原と並ぶ花街として知られた丸山の町です。
くんちの始まりは、寛永11年(1634年)に丸山の遊女・高尾と音羽が諏訪の神前で小舞を奉納したことと伝わります。
戦後、花街が衰えて昭和40年(1965年)を最後に踊町を離れましたが、平成18年(2006年)に41年ぶりに戻りました。
2023年は長崎検番の芸妓衆が、唐人と芸者の戯れを描いた長唄「唐人共祝崎陽祭」を舞い、地方は石畳に正座して唄と三味線を奏でました。

くんちの始まり
寛永11年(1634年)・丸山の遊女の小舞と伝わる
踊町を離れた最後の年
昭和40年(1965年)
踊町への復帰
平成18年(2006年)・41年ぶり
2023年の演目
長唄「唐人共祝崎陽祭」
踊り手
長崎検番の芸妓衆
次の奉納
2030年(令和12年)

ここに注目

  • 普段はお座敷でしか見られない、長崎検番の芸妓衆の踊り
  • 「くんちの華」と呼ばれる艶やかさ
  • 石畳に正座して奏でる地方
  • くんちの始まりとされる丸山の遊女の小舞
  • 2023年は約60年ぶりの「浮かれ唐人」

町の歴史とくんちとの縁

花街の丸山は、丸山町と寄合町を合わせた一帯を指します。
くんちは、この丸山の遊女2人が神前で舞ったことが始まりと伝わり、両町は長くくんちの露払い役として、ほかの踊町とは別に毎年奉納してきました。
明治以降は2町が1年おきに奉納する形になりました。

戦後、売春防止法の影響で貸席の多くが店を閉じ、寄合町は昭和37年(1962年)、丸山町は昭和40年(1965年)を最後に踊町から姿を消しました。
それでも丸山とくんちの縁は深く、戦後最初の奉納は、原爆から2か月たたない昭和20年(1945年)10月7日、丸山東検番の芸妓衆の有志による本踊でした。
昭和22年(1947年)は丸山町だけが傘鉾と本踊を奉納し、昭和34年(1959年)に踊町の参加が危ぶまれたときも、小屋入りの前に参加を表明したのは11町のうち丸山町だけでした。

演し物のあらすじ・構成

丸山町の本踊を踊るのは、丸山町に拠点を置く長崎検番の芸妓衆です。
普段はお座敷でしか見られない、踊りのプロの舞を見られます。

2023年の演目は長唄「唐人共祝崎陽祭(とうじんとともにいわうきようのおまつり)」。
長崎検番に伝わる「浮かれ唐人」をもとにした踊りで、「阿茶さん」と呼ばれた唐人が、花街の丸山で芸者と楽しく戯れるさまを描きます。
舞踊の指導は花柳孝光央師匠でした。

見どころ

「くんちの華」と呼ばれる艶やかな踊りが何よりの見どころです。
唄と三味線の地方は、着物のまま草履を脱ぎ、石畳に正座して演奏します。

これまでの奉納(年ごとの話題)

丸山町は平成14年(2002年)に踊町の年番表へ戻り、平成15年(2003年)の年番町を経て、平成18年(2006年)に41年ぶりに踊町として奉納しました。

2023年の「浮かれ唐人」は、およそ60年ぶりの奉納でした。
踊る長崎検番は2022年3月に株式会社になっており、その後初めてのくんちでもありました。
8日は雨で奉納踊が9日に延び、丸山町はこの日の庭先回りを取りやめました。
次の奉納は2030年(令和12年)の予定です。

丸山町の写真

丸山町の奉納の様子

YouTube の動画を、YouTube の埋め込みの機能で表示しています。

  • 【KTN】丸山町の本踊【長崎くんち2023~復活をつなぐ伝統と情熱~】

    KTNテレビ長崎(YouTube)

  • 「当日に向け150点に」本番まで残り2週間 芸妓衆が関係者に踊りを披露【長崎くんち】

    NBC長崎放送(YouTube)

  • 平成25年長崎くんち踊町紹介③ 丸山町 本踊 (平成18年の映像)

    NBC長崎放送(YouTube)