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ながさき大くんち展で展示された大黒町の唐人船(写真:運営者)

北斗会

大黒町 傘鉾・唐人船(とうじんぶね)

令和10年(2028年)の踊町を見る

奉納
2018年
奉納予定
2028年
@daikoku.ya_nagasaki(大黒町青年会の Instagram・別ウィンドウで開く)@daikokumachi_nagasaki(長崎 大黒町(自治会・くんち奉賛会)の Instagram・別ウィンドウで開く)

唐人船の紹介

寛文12年(1672年)に旧恵美須町を分けてできた町です。
今は長崎駅前の繁華街ですが、昔は港のいちばん奥の船着き場で、唐船が停まりにぎわいました。
その故事にちなみ、唐人船の入港・接岸・上陸の儀式と、航海の無事を祈る「ボサ祭り」を再現します。
唐楽と爆竹、福を呼ぶ「ヤーハ!」の掛け声の中、重さ約4トンの船を回します。
2018年は福建の古い民謡を船唄に取り入れ、船の下に青い明かりを付けて海に浮かぶ姿を表しました。

演し物
唐人船
町のおこり
寛文12年(1672年)
船の重さ
約4トン
根曳(2018年)
片舷8人ずつ
2018年の奉納
戦後10回目(町の発表)
次の奉納
2028年(令和10年)

ここに注目

  • 「ヤーハ!」の掛け声と唐楽・爆竹
  • 約4トンの重量級の船回し
  • 根曳が順に立ち上がり、大波を切る船を表す
  • 福建の民謡の船唄「劃龍船」と、青い明かりで海に浮かぶ船(2018年)
  • 白ネズミを飾った傘鉾

町の歴史と町名の由来

大黒町は寛文12年(1672年)、旧恵美須町の北側を分けて生まれました。
縁起のよい名を持つこの町は、今はホテルや商業ビルが並ぶ長崎駅前の繁華街です。

昔は町の前が海で、唐船の停泊地でした。
すぐ背後には、海の守り神・媽祖を祀る唐寺の福済寺があり、界隈は多くの唐人でにぎわいました。
町の記録によると、延宝4年(1676年)に初めて踊町として奉納しています。

演し物のあらすじ・構成

唐人船は、唐船の長崎入港、接岸の儀式、上陸、そして崇福寺へ航海の無事を祈った「ボサ祭り」を再現します。
町娘と唐人の友好を表す踊りも加わります。

出港の儀式のあと、唐楽に合わせて前進と後進を2度。
楽器を早打ちに変えてさらに前後に2度動かし、右回り、左回り、右回りと船を回して退場します。
子どもたちの唐楽、けたたましい爆竹、福を呼ぶ「ヤーハ!ヤーハ!」の掛け声が、場を中国の色に染めます。

見どころ・大技

船の重さは約4トンで、くんちの船の中でも重量級です。
車輪をきしませ、地響きを立てる船回しは迫力があります。
船を一度反対へ振ってから回し始めるのも大黒町ならではです。
低く構えた根曳が前から順に立ち上がる演出は、船が大波を切って進む様子を表しています。

2018年は新しい船唄「劃龍船(パーロンソン)」を加えました。
長崎の華僑の協力で磨き上げた福建省の古い民謡で、福建の言葉で歌います。
船の下には青いLEDを付け、夜の庭先回りでは海に浮かぶ唐人船に見えるようにしました。
根曳の衣装は、荒波を進む船をイメージした中国南方系の鮮やかな青で、全体に波の刺繍が入っています。

傘鉾

傘鉾の飾り(だし)には、大黒天の使いとされる白ネズミがあしらわれています。
傘鉾持ちは岩屋組、シャギリは田の浦地区の人たちが務めました(2018年)。

これまでの奉納

昭和57年の長崎大水害の年も、町のイメージを取り戻そうと、出島町・東古川町・樺島町とともに奉納しました。

町によると、2018年は戦後10回目の唐人船の奉納で、平成最後のくんちでもありました。
前日は朝4時半に集まり、諏訪神社から庭先回り、夕方のくんちの夕べまで続く長い一日を、けが人なく終えています。
次の出番は2028年(令和10年)の予定です。

大黒町の写真

大黒町の奉納の様子

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  • 【長崎くんち2018】大黒町・唐人船【踊町紹介】

    NCC長崎文化放送(YouTube)