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ながさき大くんち展で展示された本古川町の御座船(写真:運営者)

北斗会

本古川町 傘鉾・御座船(ござぶね)

令和10年(2028年)の踊町を見る

奉納
2018年
奉納予定
2028年
@motofuru_gozabune(本古川町 御座船の Instagram・別ウィンドウで開く)@motofuru_jichikai(本古川町自治会の Instagram・別ウィンドウで開く)

御座船の紹介

昔から勇壮な曳き物の町で、明治後半から昭和7年までは水兵が曳く「軍艦」が人気でした。
昭和29年に船を新しくして「御座船」に替わります。
総檜・白木造りで、白地に赤い日輪の帆を張り、最上段に諏訪社殿を祀ります。
合言葉は「スピード・パワー・気迫」。
前に突っ込んだ船を長采の目の前でぴたりと止める「寸止め」が見せ場です。
昭和29年から口伝えで受け継ぐ囃子で、「お囃子の本古川町」とも呼ばれます。
2018年は根曳・囃子・船長がそろって腕を動かす新しい演出も加えました。

演し物
御座船
御座船の始まり
昭和29年(船を新調)
それ以前
軍艦(昭和7年が最後)
船の造り
総檜・白木造り
囃子の作曲
杵屋和三八(昭和29年)
次の奉納
2028年(令和10年)

ここに注目

  • 長采の目前で船を止める「寸止め」
  • 昭和29年から口伝えで受け継ぐ「お囃子の本古川町」の囃子
  • 総檜・白木の船と、赤い日輪の帆
  • 根曳・囃子・船長がそろって右腕を動かす演出(2018年)

町の歴史と演し物の移り変わり

本古川町の演し物は、昔から勇壮な曳き物と決まっていました。
明治の後半から昭和にかけては、水兵が曳く「軍艦」で人気を集めます。
昭和7年の軍艦は櫓(やぐら)マストの長門型で、軍艦の曳き物はこの年が最後になりました。

昭和29年に船を新しく造り、今の御座船が生まれます。
御座船は、大きな軍船を持てなかった大名たちが中型の船を豪華に飾り、参勤交代などに使った船です。
本古川町の御座船は、その海の御座船を題材にしています。

演し物のあらすじ・構成

船は総檜・白木造りで、白地に赤い日の丸の大きな帆を張ります。
船の最上段には御座所を設けた諏訪の社殿を祀ります。
囃子の子どもたちは、殿様を守る武士のいでたちです。

囃子は昭和29年、町に住んでいた杵屋和三八氏が作曲しました。
楽譜はなく、口伝えで受け継がれてきました。
和楽の伝統を重んじた重厚な調べで知られ、船回しでは観客の手拍子が加わって会場が最高潮に達します。

見どころ・大技

合言葉は「スピード・パワー・気迫」。
一番の見せ場は「寸止め」です。
勢いよく前進した船が、正面に立つ長采(船回しの総指揮)にぶつかる、と思った瞬間にぴたりと止まります。
観客は毎回ひやりとさせられます。

2018年は、根曳衆が片肌を脱ぐときに、陣羽織姿の囃子と、軍装の船長(ふなおさ)も同時に右腕を動かす演出を加えました。
根曳衆の丸刈りや、采を地面に打ち付けて音を鳴らす演出も、この町の恒例になりつつあります。
この年は女の子の囃子が初めて出演し、SNSでも根曳を募りました。

稽古は数か月にわたり、9月半ばまで続きます。
体の大きな人は何キロも体が絞られ、お盆を過ぎるころには皆の表情も引き締まってくるといいます。

これまでの奉納

昭和57年の長崎大水害では、中島川の氾濫で町が大きな被害を受けました。
この年の奉納は翌年に繰り延べています。

2025年は、くんちの年番町として神輿のお下り・お上りにお供しました。
新型コロナで順番が3年ずれたため、次の御座船の奉納は2028年(令和10年)の予定です。

本古川町の写真

本古川町の奉納の様子

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  • 【長崎くんち2018】くんち踊町紹介 本古川町

    NCC長崎文化放送(YouTube)

本古川町の Instagram

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