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ながさき大くんち展で展示された東古川町の川船(写真:運営者)

北斗会

東古川町 傘鉾・川船(かわふね)

令和10年(2028年)の踊町を見る

奉納
2018年
奉納予定
2028年

川船の紹介

子ども船頭が網で獲った魚を、川船で中島川をさかのぼって上流の諏訪神社へ供える、という筋立ての川船です。
演し物は町ごとに変えてよいのですが、東古川町は明治29年からずっと川船を守っています。
戦後すぐの昭和21年にも川船を奉納しました。
自慢は町に伝わる舟唄で、根曳が舟唄を歌い、子ども船頭が網を打つ場面が見せ場。
船は約1トンと軽く、前後の車輪が離れて回しにくい分、スピードのある回しを狙います。
小さな船ならではの身軽さが持ち味です。

演し物
川船
川船の奉納
明治29年から続く
船の重さ
約1トン
戦後最初の奉納
昭和21年
次の奉納
2028年(令和10年)

ここに注目

  • 根曳の舟唄と、子ども船頭の網打ち
  • 明治29年から川船ひとすじ
  • 約1トンの軽い船を生かしたスピードのある船回し
  • カニの飾りとビードロ細工の傘鉾

町の歴史と町名の由来

東古川町は中島川のほとりの町です。
川沿いの暮らしが、演し物の川船にもそのまま映っています。

長崎くんちの演し物は、町ごとに自由に決めたり変えたりできます。
くんちには川船を出す町がいくつもあります(八坂町・魚の町・船大工町・麹屋町・榎津町など)。
その中で東古川町は、明治29年から川船ひとすじで、古き良き伝統はかたくなに守るという姿勢を貫いてきました。
2018年も、何も足さず何も引かず、の心構えで臨んでいます。

演し物のあらすじ・構成

物語は、子ども船頭が網を打って魚を獲り、それを川船で上流の諏訪神社へ届ける、というものです。
根曳が船を右へ左へ豪快に曳き回すのは、急な流れに逆らって進む川船の姿を表しています。

町には古くから舟唄が伝わっています。
川沿いの町の景色を歌ったもので、根曳が舟唄を歌い、子ども船頭が網を打ち、また歌っては網を打つ。
この繰り返しが東古川町の川船のいちばんの見せ場です。
網に魚がかかると、観客から「ヤッタ」の意味の掛け声がかかります。

見どころ

船の重さは約1トンと軽めです。
ただ前後の車輪の間が広く、回しにくい船でもあります。
その軽さを生かし、スピード感のある船回しを見せるのが東古川町の持ち味です。
舟唄と網打ちの「静」の場面から、豪快な船回しの「動」へ移る流れも見どころです。

根曳にとっては、余計なことを考えずに無心で楽しめる役だといいます。
船回しを仕切る采振(さいふり)は、経験を積んだ根曳が務めます。

傘鉾

傘鉾の飾り(だし)にはカニがあしらわれています。
ガラス細工のビードロ飾りを使う、数少ない傘鉾の一つでもあります。
ビードロ細工は、長崎の傘鉾の豪華さを支えてきた技の一つで、東古川町のほか榎津町や魚の町などに見られます。

これまでの奉納

終戦の翌年、昭和21年のくんちで奉納した町の一つが東古川町の川船でした。
昭和57年の長崎大水害の年も、町のイメージを取り戻そうと、出島町・大黒町・樺島町とともに奉納しています。

新型コロナでくんちが3年続けて中止になり、踊町の順番が3年ずれました。
次の出番は2028年(令和10年)の予定です。

東古川町の写真

東古川町の奉納の様子

YouTube の動画を、YouTube の埋め込みの機能で表示しています。

  • 【長崎くんち2018】くんち踊町紹介 東古川町

    NCC長崎文化放送(YouTube)