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写真:©Yokoo(許可を得て使用)

七和会

万才町 傘鉾・本踊(ほんおどり)

奉納
2014年・2024年
奉納予定
2031年

本踊の紹介

長崎の官庁街にある町で、くんちでは本踊を奉納します。
時代ごとに曲や趣向を変えながら、「町内総参加」を大切にしてきました。
2024年は曲も演出も前回から一新し、テーマは「みんなで踊ろう万才町」。
季節を追ってくんちまでの物語を描く長唄の踊りに、大人と子どもの踊子、さらに保護者や手伝いの人たちまでが加わりました。
それまで女の子だけだった子どもの踊子に、初めて男の子が入ったのも大きな変化です。
2024年は三番町を務めました。

演し物
本踊
2024年のテーマ
みんなで踊ろう万才町
子ども踊子
10人(うち男の子8人・2024年)
2024年の奉納順
三番町
町の節目
2023年に町ができて150年

ここに注目

  • 町内総参加の本踊
  • 2024年は曲も演出も一新、テーマは「みんなで踊ろう万才町」
  • 子どもの踊子に初めて男の子が参加(10人中8人)
  • 朱盃に「萬歳」の文字の傘鉾

町の歴史と町名の由来

今の万才町の一部は、元亀2年(1571年)の長崎の町建てのときに造られた最初の6つの町のひとつ「大村町」にあたります。
町名は、長崎を開いたキリシタン大名・大村純忠にちなむものです。

江戸時代、この地には町年寄の高島家の屋敷がありました。
幕末の西洋砲術家・高島秋帆の本宅もここで、今は長崎家庭裁判所が建っています。
くんちでは旧名の「萬歳町」の表記も見られ、江戸時代の傘鉾は旅館「上野屋」の上野家が一手に引き受けていたといわれます。
2023年には町ができて150年の節目を迎えました。

町内には官公庁や銀行のビルが建ち並びます。
2024年の人数揃いは、旧福岡銀行の駐車場で行いました。

演し物のあらすじ・構成

万才町の本踊は、決まった一つの演目を守るのではなく、奉納のたびに新しい趣向で踊りを作るのが特徴です。
前回の2014年は、現代風で覚えやすい音色の「長崎万歳」で踊り場を沸かせました。

2024年は、それを超える踊りをめざして曲も演出も一新しました。
季節を追ってくんちまでの日々を描く長唄の踊りを中心に、大人と子どもの踊子が舞います。
そこに町内の人たちも加わり、みんなで町の行く末を描く構成です。

見どころ・大技・掛け声

見どころは、出演者と町の人が一体になる華やかさです。
2024年は子ども踊子10人のうち8人が男の子でした。
踊子の募集で男の子の応募が多く、町として初めての顔ぶれになりました。

中日(8日)の庭先回りでは、あでやかな着物姿の踊子が市内の商店や民家の前で本踊を披露し、「ショモーヤレ」の声が街に響きました。
後日の諏訪神社では、町のくんちに関わったすべての人と会場の観客までがひとつになる踊りで、3日間を締めくくりました。

これまでの奉納(2024年の話題)

2024年は、新型コロナによる中止と順延をはさみ、前回2014年から10年ぶりの奉納になりました。
万才町は三番町として、初日の諏訪神社でにぎやかな舞を披露しました。

踊子の募集では男の子の応募が多く、男女の割合はおよそ8対2になったと町の自治会長が話しています。
初めて本踊に出た中学生の踊子もいて、後日には「練習の成果を全部出せた」と振り返りました。

傘鉾

2024年の庭見世では、朱塗りの盃に「萬歳」の文字を入れ、神鈴と御幣を立てた傘鉾が紹介されています。
町名の「萬歳」をそのまま意匠にした、祝いの気分にあふれる傘鉾です。

万才町の奉納の様子

YouTube の動画を、YouTube の埋め込みの機能で表示しています。

  • 【KTN】万才町の本踊【長崎くんち2024 つなぐ伝統】

    KTNテレビ長崎(YouTube)